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反逆ルーンプリンセス

−断章−

文:W.KOHICHI
(C)2002みさくらなんこつ・新井輝/PUBLISHED BY ENTERBRAIN,INC.
(C)2005 PrincessSoft


【一番始めに出会うのがベアトリスじゃなくてメルリシスだったら】

「誰も……乗ってない?」
いつものこの時間なら、山手線は通勤ラッシュですし詰め状態のはずだ。
「そういえば……」
さっきは夢中で気が付かなかったけど、駅のホームにも人がいなかったような……。
「な、なんかヤバいよ!? この電車!」
他の車両に行ってみないと……。
慌てて立ち上がりかけたぼくの視界の端に、ふわりと、何かが揺れる。
「あ……」
ゆっくりと視線を巡らす。
いた。一人だけ。
車両の一番奥。ぼくから最も離れた席に座っている、一人の少女。
かわいい……。
そこらのアイドルなんか目じゃない美少女だ。
動きやすそうな服に身を包んでいる。光の加減か、色がとても白い。
長い髪がもう一度ふわりと揺れる。
はにかんだ笑みを浮かべ、その娘はすっと立ち上がった。
「お会いしたかったです、勇者ちゃごふううっっっ!!」
「わああああ!?」
立ち上がったと同時に思いっきり血を吐いた。
うわ、ちょっとちょっと、救急車!
まずい、ここ電車の中だ! どうしよう!?
恐怖と焦りでおろおろしているぼくに向かって、その娘はよろよろと近付いてきた。
「ゆ、勇者ちゃん……」
「あ、あ、あなた大丈夫ですかー! しっかりー!」
取り敢えず落ち着かせようと手を伸ばしたその時、
がたんっ
電車が動き始めた。
車体が大きく揺らぎ、ふらふらしていた女の子は、完全にバランスを崩してしまう。
「危ない(いろんな意味で)!」
『力』を使うか……? いや、このタイミングじゃ間に合わない!
ぼくは女の子を支えようと夢中で駆け出していた。
「はわっ……」
「と、とと……」
飛び込んでくる女の子を、咄嗟に抱き留める。
ふわりと、血の匂いが鼻をくすぐる。
うう、血腥い……。
って、そんな事考えてる場合じゃない!
「うわあっ!」
勢い余ったぼくは、そのまま盛大に床に転がってしまった。
「いてててて……」
したたかに打った腰をさすりながら、ぼくは顔を上げる。
そこに、少女の顔があった。
「だ、大丈夫ですか? 勇者ちゃん」
ぼくの上に馬乗りになった格好の少女が、心配そうに覗き込んでくる。
いえいえ心配するのはぼくの方っていうか、口端から血が零れ落ちてるんですけど!?
「ど、どうしよう? 勇者ちゃん、しっかりして……」
女の子の方もだいぶ動転してるみたい……。
そうだまず落ち着こう。そして止血してくれ。
「ああーっ! 何してるでつかーっ!」
しばらく金縛りになっていたぼくは、背後から掛かる別の声に、戻りたくない現実に引き戻された。
「メルリシスさん! 抜け駆けは許さないのでつ!」
振り向くと、隣の車両のドアから、別の女の子が飛び出してくる。
「ふ、ふふ……マリンカちゃん、我が人生に一片の悔いなしよごほはああっ!」
メルリシスと呼ばれた娘が、血を吐きながらぼくの上から身を離した。
ああ、助かった……。
「って、メルリシスさんはそんな簡単に死なないなんて分かってるんでつよ! 卑怯でつー!」
マリンカという名らしい娘が、メルリシスにつかみかかろうとする。
ぼくは止める気力もなく、呆然とそれを眺めていた。
なんなんだ、この娘たちは。勇者って誰の事だ。
「あなたの事よ、勇者っち」
「うひゃあああっ!?」
別の女の子(だと思う)が、いきなり背後にしなだれかかってきた。
さっきからの過剰負荷でバクバクいってたぼくはこれで止まった。
「……きゅう……」
「あら?」
不思議なものを見る目でぼくを見る女の子を最後に映し、ぼくはゆっくり気を失った。



【フロランスの思考がだだ漏れだったら】

「あの、やたらエレガントなドレスは……」
物凄く見覚えがあったりする。
ちょうど信号が信号が青になり、ヒラヒラした少女はフラフラとこちらに歩いてきた。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
危なっかしいなあ……。
荷物、持ってあげた方がよさそうだな。
少女がこちらの歩道に辿り着いたのを見計らって、駆け寄って声を掛けてみる。
「フロランス!」
「ひゃうっ!」
弾かれたように飛び上がるフロランス。
勢い余って、腕の中の紙包みを取り落としてしまった。
「あ……!」
包みはぽふんと軽くバウンドし、そのまま地面に転がる。
やっぱり、大して重たいものじゃないようだ。
「あ……あぁ……」
あわてて追い掛けるフロランス。
ごろごろと転がった包みは、やがてぼくの足元で止まった。
「ごめんごめん、驚かせちゃったかな?」
謝りながら、ぼくは包みを拾い上げる。
あ、やっぱ軽いや。
大きな見た目に反して、ぼくなんかでも片手で持ち上げられる程軽い。
なんだかフワフワしたものが、厚手の包装紙で丁寧にラッピングされている。
あれ? これって、ひょっとして……。
「はい、フロランス」
荷物を渡そうとすると、フロランスは真っ赤な顔をしてズササと後ずさる。
「ゆゆゆゆゆ勇者殿? どうしてこんなところに?」
(なんでこんな時に出会ってしまいますの!? タイミングが悪いですわーっ!)
あ、出た。フロランスのメルトダウン。
この娘は心の均衡が崩れると、思っている事が外部に流れ出てしまう。
普段はダミーの思考を織り交ぜて重要な思考の流出を防いでいるんだけど、非常事態になったりすると途端に破綻する。
始めはぼくがエスパーにでもなったのかと思ったが、あとで聞いたらみんな聞こえてるらしかった。
今やフロランスはそういう体質という事で学校でも有名だ。
救いなのはみんな聞こえてしまう事への疚しさがあるのか、誰もそれで遊んだりはしないという事だ。
閑話休題。
「ちょっと買い物にね。それより、随分大きな荷物だね」
心の声はスルーして表向きの声に答える。
「え? あ、そ、そうですか?」
(よかった中身に付いては勘付かれていないようですわ。このわたくしがあれを買ったと分かればイメージ失墜必至!)
ごめん、悪いけどもう面白いイメージが根付いてるんだ。
あれってなんだろう。気になる。
「なんなの? これ」
「ななななな、なんでもありませんわっ」
(ううっ、どうすれば誤魔化せるのかしら!? 考えるのよ、フロランス・ジェモニーナ!)
「見られたら恥ずかしいものなの?」
「と、とんでもない! わたくしには恥ずべき事なんて何もありません!」
(そうよ、断じて恥ではないわ! ただ……ただ!)
なんだかやたらとオーバーアクションで必至に否定する。
思考と併せると、フロランス的に気まずいものが入っているのだろうか。
うーん……なんだろう。
「じゃあ、これは……」
「んきゃあーーーーーーーーーーっ!!」
何気なく包みの中を覗き込もうとすると、フロランスはあわてて駆け寄ってきて、それを引ったくってしまった。
「うわ!」
……殺気を感じたぞ、今……。
思考もなかったから反射の領域の行動だろう。
「なんでもないです! なんでもないんです! これは!」
(興味を持たれている! くっ、どうにかして話を別の方向へ逸らさなければ!)
……中身に触れない方がいいのだろうか。
でもさあ、それ……。
「……それって、そこのおもちゃ屋さんの包装紙だよね?」
「ぎくっ!!」
……あ、やっぱり。
でも何も「ぎくっ」って口に出さなくてもいいのに。
本当、分かりやすい娘だよね……。
「い、いえ、これはこの先の宝石店の……」
(神様っ! これでなんとかしてくださいませっ!)
ごめん、フォローできない。
「思いっきり大きく店名が書いてあるんですけど……『おもちゃのなかむら屋』って」
どうしようもない。
「ぎくぎくっ!」
分かりやすい反応だなあ。
大体、そんなでっかい宝石は売ってないだろう。
売ってたとしても、とても一人じゃ運べやしない。
「おもちゃ屋さんで何か買ったの?」
「い、いえ! 別に何も!」
(バレてますわーっ!)
バレるって、幾らなんでも。
なんだかねー。なんで隠すのかね。
おもちゃ屋で売ってて、大きくて軽くてフワフワした物といえば……アレしかないでしょうに。
「そ、それではごめんあそばせ……」
(三十六計逃げるに如かず! ですわ!)
フロランスは逃げるようにそそくさと立ち去ろうとする。
っていうか、逃げようとした。
だが、よっぽど慌てていたのか、踏み出した足の先でドレスの裾を踏んづけてしまった。
「にゃっ!」
勢いよくつんのめるフロランス。
うーん……見ていてかわいそうなくらいにうろたえてる。
「大丈夫?」
手を貸してあげると、フロランスは鼻を押さえてよっこらせと立ち上がる。
「うぅ〜」
涙目になって呻いているフロランス。
なんだか、いつもの上品でお淑やかなフロランスとは別人みたいだ。
少なくともいつもはそういう風に振る舞っているんだけど、今日はそれとも違う何かを感じさせる。
「……あ」
見ると、フロランスの腕の中にあった大きな紙包みは、またもや地面に転がっていた。
転んだ拍子にまた落としてしまったらしい。
しかも包装紙が破れかけて、中身が僅かに顔をのぞかせてしまっている。
「あ……あぅ……」
慌てて、ぼくは紙袋を拾い上げる。
「ご、ごめん、破れちゃった……」
「だめーーーーーーーーーーーっ!!」
電光石火の早業で、再びぼくの手から包みを引ったくるフロランス。
だが、破れかけた包装紙はその衝撃に耐えることができなかった。
ビリッと音を立てて包装紙は破れ、その隙間から、ポカンと頭の悪そうな笑顔を浮かべたクマのぬいぐるみが顔を出す。
「……あ」
「……クマ……」
「あうぅぅぅ……」
(終わった……さよなら、わたくしの人生……)
……そんなにもショックか、フロランス……。
ぬいぐるみが好きでも別に構わないじゃないか。と、ぼくなんかは思うわけだけど、本人にしか分からない世界なのかなあ。
なんてフォローしたものかな、この場合……。



【キャサリンがあの漫画を読んでいたら】

キャサリンいるかな、と思って探しているんだけど……。
あ、いたいた。
「キャサリン、ちょっと」
キャサリンを呼ぶと、キャサリンは禍々しい笑みを浮かべて近寄ってくる。
……ん? 禍々しい?
「フン……マイ・ヒーローか。久し振りだな」
「………」
また何か本を読んで何かになりきってるな。
危険じゃないといいんだけど。
「フフフ、一つチャンスをやろう。
 その階段を2段降りろ。私のダーリンにしてやろう。
 逆に死にたければ……足を上げて階段を登れ」
「………」
さてどうしよう。経験則から今のキャサリンはかなり危険な人物になっているのは間違いない。
フィクション分が尽きるまで付き合う必要があるが、痛い目見たくないし。
この場合階段を降りても登っても変わらない気がするが、フィクション分を早く減少させるなら登るべきだと思う。
いきなりダーリンにされても困る。フォローが大変だ。
仕方がないので階段の上の段に足を掛けた。
「フフフ、そうか、マイ・ヒーロー、フフフ。
 階段を降りたな。
 このキャサリンのダーリンになりたいというわけだな」
え……? あれ? 降りてる?
そんなはずは。確かに階段を登ったのに。
ぼくはもう一度、階段の上の段に足を掛け
………。
……!?
あれ!? なんで後退してるのぼく!? おかしいよこれ!?
「どうした? 動揺しているぞ、マイ・ヒーロー。
 『動揺する』。それは……」
キャサリンが何か言っているがそれはどっちでもいい。
この不可思議現象の原因を突き止めなければ。
真っ先に思い浮かんだのはイングリッドだった。イングリッドならなんでもできそうだし。
背後を振り返った……がイングリッドはいない。
いや、イングリッドの仕業だとすればもうイングリッドが姿を現わしていてもおかしくない。
「それとも『登らなければならない』と、……」
実はこのキャサリンはイングリッドの変化……とか。
いや幾らイングリッドでも、まさか。
でも他に考えがたいので、意を決して呼び掛けてみた。
「イングリッド!」
「イングリッド? ………。
 死ぬしかないな、マイ・ヒーローッ!」
……と、キャサリンの声とともに、キャサリンの背後に何か人影が浮かび上がった。
キャサリンとは全然イメージが違う、逞しい影だ。
それに、ドドドドドドドド! というような、……なんて言うんだ、そう、闘気! 闘気を発している。
やむを得ない、今のキャサリンは明らかに正気じゃない。ぼくの『力』で鎮めなければ。
「ごめん、キャサリン!」
ぼくはキャサリンに直接『力』を叩き込むべく、接近した。
の、だが。
「無駄ァ!」
「あうっ!?」
殴られた。思いっきり殴られた。キャサリンじゃなくてその背後の影に。
っていうかなんなのあれ!? 生き物なの!?
「無駄ァ!」
「いつっ! キャサリン! 待って、落ち着いて!」
また殴られた。痛い。情けないんだけど抵抗の意志が吹き飛んだ。だって凄い疾いよあれ!
しょうがないのでネゴシエーションに切り替えようとしたんだけど。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーッ!」
めちゃめちゃ殴られました。
意識が遠くなる。
キャサリン……君ってもしかしてルーンプリンセス最強(最凶)なんじゃないかな……。
ごめんなさい母さん、ぼくはここまでかもしれません。
ドォーーーン! というわけの分からない音とともに、ぼくの意識は白い闇に沈んでいった……。



【次回予告(嘘)】

では次回、“反逆”『ルーンプリンセス』、
『ひきこもりマティルデ』
『18歳爆裂アナスターシャ』
『シャンシャン・ザ・アメリカン』
の3本で、またお会いしましょう。さやうなら。

<終わり>


後書き

『ルーンプリンセス』は素直に楽しかったんですけど、その小説版・『ルーンプリンセス 星に願いを……』(斉藤ゆうすけ著)は正直言ってあまり楽しくなかったです。もうちょっとはっちゃけてもよかったと思いました。せっかく楽しみにしてたのに。
で、こういう非行に走ってしまったと。非行というか、まあグレた行動ではあるんですが。
書いてて結構楽しかったというのが問題といえば問題です。
次回予告はネタです。続く予定は今のところありません。いやいや続いたら問題だから。


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