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皆さま、ご機嫌如何でしょうか。
僕は、海都・アーモロードに数多ある冒険者ギルドの1つである「プロキオン」所属の冒険者で、ジルベルトと申します。
普段はかの「世界樹の迷宮」に潜行する我々ですが、今日はギルドの船で航海に出ています。

海は良い……。
きらきらと照りつける太陽光、光を反射して輝く海、吹き付ける穏やかな風。
そして、耳を澄ませば‐‐‐

「ごぉえぇぇぇっ! ……うぅおぉぉぇっ!」

‐‐‐人が胃の中のモノを口から外にぶちまける音。




職業選択の不自由 〜 人には体質というものがある 〜

文:W.KOHICHI





………。
甲板の上で女の人が1人、恥も外聞もへったくれもなく嘔吐しています。
この人は‐‐‐こんな時にあんまり紹介したくないんですけど‐‐‐この人はリリィさん。
戻している原因は至極簡潔。船酔いです。
ちなみにこの人、クラスはパイレーツです。冗談にしか聞こえないんですけどパイレーツなんです。
可哀想と言うか、なんと言えばいいのか。

「リリィさん、吐くのはいいですけどせめて船の外に吐いてくれませんか」

冷淡に突っ放すこの人はジュディさん。ギルドのメンバーで僕たちの仲間です。クールなお人ですよ。

「うぅ……そんな余裕ないわよ、海に落ちたらどうすんのよ……おぉぉえっ!」

たらいに嘔吐しながら息も絶え絶えに反論するリリィさん。
きっとたらいの中は見るに絶えない状態になっている事でしょう。見るつもりもないですけど。
あのたらいの中身、リリィさんが始末してくれるんですよね……。

「きったねえなよあ、リリィ。女がゲロ吐いてんじゃねえよ……」

もっと冷淡になじるこの人はアルフレッドさん。やはりギルドのメンバーで僕たちの仲間です。
普段はリリィさんと仲が良いだけあって、言い回しに全く容赦がありません。
それでも心配そうな顔なのは、やっぱり気にしているからでしょうか。それならもうちょっと優しくしてあげてもいいと思うんですけど。

「この野郎、女に向けて汚いとかゲロとか……ぐぅうぇぇっ!」

余計に体力を消耗しちゃうから、いちいち反論とかしなければいいのに。
それにしたって、船酔いしちゃうパイレーツって笑うに笑えません。或いは笑うところなのかもしれませんが。
リリィさん、普段は腕も立つしさっぱりした性格の人だし、ついでにスタイリッシュなお人なのに、こんな姿を見る事になるとは。

「うぅ……ねえジルベ、もう帰ろう、ね……?」

リリィさんが弱々しく懇願してきました。既になんか目が死んでます。怖いです。
ちなみにジルベというのは僕の事です。
というかその口元から垂れてる液体を拭いてもらえないでしょうか。

「仕方ないですねえ。じゃあ、ここのポイントで漁をしてから帰りましょう」
「え、うぉえっ……今すぐじゃないの……?」
「すみません、採算の都合もありますので……、それに漁なら船を動かさないし大丈夫でしょう?」
「船酔いって、揺れてるとかの問題じゃなくておぉぉえっ……」
「気にすんなジルベ! 魚だけ獲って帰んぞ!」

アルフレッドさんが口を挟んできました。僕としては助け舟を出された感じですけど、リリィさんは恨みがましい目で彼を見ています。

「仕方ないですね、じゃあ早いところ済ませてしまいましょうか」
「やってしまいましょう。みんな準備に取り掛かってください。リリィさんは休んでてください」
「さ、せめて漁で大漁を狙うぜ!」
「うう、みんな薄情よ……ごぉぉおぉえっ!」

その時でした。「ブッ」という、何か低い音が聞こえたのは。

「………」

みんな沈黙しました。リリィさんですらなんの音も声も発しません。
あたりには波の音だけがのんびりと響いていました。
やがて、アルフレッドさんが口を開きました。

「リリィ、今、屁ぇこいた?」
「してない」
「でもお前……」
「してないったらしてないっ!! ぶっ殺すぞお前らっ!! ……おぉぉえぉおぇっ!」

……顔を真っ赤にしてまるで断末魔のように吐いたリリィさんは、そのまま死んだかのように甲板に倒れ込みました……。
アルフレッドさんが駆け寄って‐‐‐ただしゲロを踏まないようにして‐‐‐脈を取りました。
そして息を一つ吐きました。取り敢えず生きてはいるみたいです。

「どうしましょうか?」
「帰りましょう……」
「そうだね……もう漁って気分でもねえしな……」

結局、僕たちはなんの成果もなくアーモロードへと帰還しました。
強いて成果を挙げるとすれば、リリィさんを船に乗せてはいけない事が分かったくらいでしょうか……。
皆の顔には、言いようのない悲しみが浮かび、顎の線には硬いものが見えていた気がします。
僕たちは冒険者……この体験もきっと、僕たちの糧となるのでしょう。
一体どういう糧になるのかはさておいて……。



その後。
「リリィさんの様子はどうですか? 大丈夫そうでした?」
「お部屋に引きこもりました」



<終>


後書き
即興的に書いた『世界樹の迷宮3』のSS、どうでしたでしょうか。
構想自体は前からあったんです。船酔いする船乗りって面白いなって。
ただ、書いてみたら、割と酷い話になってしまいましたね。一応ギャグのつもりなんですけれど。
ちなみに実話ではありませんのでそこんとこヨロシク。

〜おまけ小ネタ〜 “ファーマー戦隊ノウミンジャー”
「オラはファーマーのドルジュ!」
「オラはファーマーのアンジュ!」
「オラはファーマーのカンジュ!」
「オラはファーマーのホンジュ!」
「オラはファーマーのライジュ!」
『五人揃って、ファーマー戦隊ノウミンジャー!!』
「……ダメだろそれは!」


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