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憂愁のアルベルト・ちりめんジャコメッティ

文責:W.KOHICHI





我輩の名はアルベルト・ちりめんジャコメッティ。しがない芸術家だ。
今話題のジャコメッティなる彫刻家とはなんら関わりない事を断っておかねばなるまい。彼はただのジャコメッティ、我輩はなんとちりめんジャコメッティなのだから。
だが、そのジャコメッティの作品が高い評価を得ている事に、我輩ちょっぴりジェラシー、嫉妬オーラを抑えきれない。
特になんなのか、彼の『歩く男』とやらが大絶賛とは。大体命名にセンスがない。我輩が名付けるなら『骨川筋衛門』以外にはあり得ないというに。
そこで才知溢れる我輩は考えた、じゃあ『歩く男』を超えるモノを創ればウハウハじゃね? と。
なあに、我輩の実力をもってすれば、新たな芸術の創造など御茶ノ水、お茶、あれ? というか、ええっと……ほら、とにかく楽勝!

そして我輩は早速新作の製作に取り掛かった。
当然ながら立体で勝負だ。不意を突いて油絵だったり、もっと不意を突いて建造物の外壁に描いても良かったのだが、『歩く男』を超える、という目標に照らした結果、そうせざるを得なかった。
それにうっかり建造物外壁に描いたりすると、「都市の景観を損ねる」などという理由で消去されかねないし。
というか実際消去された事あるし。昔の話だけど。あの時は我輩ちょっと泣いた。

タイトルは『走る男』に決めた。『歩く男』より上のモノという事で『走る男』。うむ、分かりやすく、かつ、既に勝利を約束されているかのようなタイトルであろう。
ちなみに『歩く女』ではダメだ。男と女では同格に過ぎないのだから。『歩く男』の上を取る事が出来ない。
更に言うと『走る女』というのも考えたが、それだと『歩く男』を超える意思というものが薄れてしまいかねない。
最後まで残った候補としては『走る男』と『歩くお琴』の一騎打ちとなったが、自分内会議で僅差で『走る男』の勝利となった次第である。

さあ、いざ製作だ。まずはポーズから。
鏡の前で我輩自ら、走る際のポーズを取ってみる。
「………」
うむ、流石は我輩。我が事ながら美しくってため息さえ出てしまう。
特にこの腹筋とかふくらはぎの肉付きとか、食べてしまいたいくらいに麗しい。
極言しちゃうとそこらの女程度は目ではないね。オゥ……セクシィ&ビューティフル……。
ハァハァ……。
………。
何してたんだっけか我輩。

多少の脱線はあったが、ポーズは決まった。ここからが本番。
というか、製作の大方は割とあっさり済んだ。残すは仔細を仕上げ、新たな芸術の創造を完成させるだけである。
この段階ででも作品として通じない事はないが、一流の作品となるには微妙な点に於いて足りない。
しかし、具体的に何が足りないのだろうか?
ポーズは良い、肉付きも良い。躍動感だってある、重量感も申し分ない。
だがここに、今の段階を超える要素を加味しなければ一流にはなれない。だが何を加味すれば良いか?
我輩は悩んだ。三日三晩悩み通した。
そしてその天啓が降りたのは四日目の朝の事であった。
グラビア誌に目を通して「今回もハズレか……」とか思っていたその時に、啓示は降りてきた。
「そうか、これだ……! エロスだよ……!」

そう、芸術に限らず、世の中を動かす大きな力の1つにして代表がエロスである。
清純な努力ではどうにもならない事態も、きっかけやゴール地点にエロスがあるだけで大きく動き出すという事は、先人たちの証明のみならず現社会でも明白な事。
『走る男』にエロスを加味する事により、この作品は『歩く男』を超える事が出来る!

とは言えだ、『走る男』のどこにエロスを加味するのか?
パッと見、凛とした雰囲気が大方を占めており、一見エロスの入り込む隙間はないようにも見える。
この荘厳な雰囲気を保ち、なおかつエロスを感じさせるためにはどうすればよいのだろうか。
考えるんだ、分かりやすく、そして目立つ部分にエロスを感じさせるには……。
最初に考えたのはやはりち××(バキューン)を屹立させる事だったが、それは最終手段としておく事にした。
それ以外の部分でエロスとなると……。
エロスとなると……。
「……そうだ、乳首を立たせてみたらどうだろう?」
早速やってみた。やってみたが。
ぬう……、どうもこれではエロスというより、寒そうなだけにしか見えない。
バランス的にも美しさが感じられない気がする。モノ自体はエロス溢れる仕上がりになったのだが。
我輩はまたも思い悩んだ。乳首という着眼点は悪くはないと思われる。どうすればよりエロスを感じさせる事が出来るだろうか?

一週間後、いろいろ研鑽を積んだ結果、我輩は答えに辿り着く事が出来た。
発想を変えるんだ。立たせるだけがエロスの表現ではないんだ。
押してダメなら引いてみろ、だ。
そう……陥没乳首だ!
見方によっては単に立っている乳首よりも、こちらの方がエロイはず!
即座に処理を施してみた。結果は上々だった。さりげないエロスと美しいバランスが見事調和している。

これで大体良いかと思ったが、最後の一押しとして、股間に工夫を施してみる事にした。
しかし当然、単純にち××(バキューン)を立たせるだけではあまりに芸も品もない。
そこで前に図鑑で見た、どこかの部族が着用しているというペニスケースを装着させてみた。
結果は思ったより良かった。ただ裸体をさらけ出すよりも、見えない事により見る者の想像力の翼を広げさせる。
ここまでのモノが仕上がってしまうとは……我輩にさえも予想外であった。

作品『走る男』は、こうして完成した。
洗練された躍動感と筋肉美の調和、そこに加えられた陥没乳首、そそり立つペニスケース……。
うむ、『歩く男』などはとっくに超えている事、全く疑いなし!
あとはこの作品を、世間大衆が受け入れるかどうかだ。

大丈夫だ、芸術なんて百人のうち一人にだけでも分かってもらえれば、充分芸術として成り立つ。
それに、世の中の愚民どもが我輩の芸術を理解出来るとも思えない。勿論それでは困るので、分かったフリだけでもしてもらえれば充分だ。
そもそも芸術なんて、「これが芸術!」と言った者勝ちよ!

よし……ではこの『走る男』発表の時だ!
いざ参らん、我輩の栄光の道!



………。



20XX年XX月
アルベルト・ちりめんジャコメッティ

都 市 追 放 処 分



<終わり>


後書き

まあタイトルからしてお分かりかとは思いますが、元は「ちりめんじゃこ」だけから始まった一発ネタでした。
繰り返しますが、この作品に出て来るモノの一切はフィクションです。どのような苦情も受け付けません。
確かに、ジャコメッティの『歩く男』なる美術作品は実在しますが、この文章自体はファンタジーの一種です。
フ……やけに太陽が黄色いぜ……。

※追記:2010年5月6日※
このネタは、2010年2月、ロンドンの競売で、彫刻家アルベルト・ジャコメッティの作品「歩く男」が、当時の美術品オークション落札額としては最高の、1億433万ドルで落札された事に対する、まあそういったパロディの一種でした。
時が経てば風化するのが時事ネタの常ですが、本日風化を加速させるようなニュースが入ってきました。2010年5月、ニューヨークの競売で、美術家パブロ・ピカソの作品「ヌード、観葉植物と胸像」が、美術品オークション最高落札額を更新する、1億648万2500ドルで落札されました。
時の流れというものを改めて噛み締めました事もあり、現在の状況をお伝えするとともに、この一文を追記しておこうと思った次第であります。
なお、今度どのように美術品が高値で売られようとも、この場の更新はもうありません。


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