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小論
「『ウイニングポスト6 2005年度版』の何がそんなに面白いの?」

文責:W.KOHICHI





 ※ 初めに ※ 

毎度毎度、私の書く雑記や雑文に頻出するゲーム・『ウイニングポスト6 2005年度版』。2005年8月に3820円で購入して以来、このゲームをどれだけやり込んだ事か。数えてないので分かりませんし、数えたら数えたでその途方もない時間に自分でも感心するような気さえします。確かに言える事は、元は充分に取ったでしょうという事です。
しかし、この『ウイニングポスト6 2005年度版』をよく知らない、或いは全く知らない人は、私が猿のように遊んでいるこのゲームは一体なんなのか、という疑問を浮かべるであろう事に、漸く思い至りました。
そこで、思考の整理も兼ねて、『ウイニングポスト6 2005年度版』を知らない人に向ける『ウイニングポスト6 2005年度版』の説明、という形を取り、この『ウイニングポスト6 2005年度版』の正体を論じてみようと考えたわけです。
それなりに言語化してみました。なお、「お前が引き付けられているところは何か?」というテーマですので、このゲームに対する不満点、例えば定型化の退屈とかセーブ/ロード時間の長さ、勝てる戦法の偏りなどについては多言せず、ここで仄めかす程度にしておきます。
では、御覧下さい。




 ※ 『ウイニングポスト6 2005年度版』って何? ※ 

極めてぶっちゃけて言えば、『競馬ゲーム』と言えます。
ただこれではあまりに大雑把過ぎる。しかし細かく説明すると本が一冊できかねない量の文章になってしまうので、ポイントだけ説明しましょう。本当にポイントだけ。といっても長くなってしまうのであまりやりたくはないですが。

このゲームの正確なジャンルは『競走馬育成シミュレーション』。これを見て分かる通り、馬の育成がメインのゲームです。ただ、一概に「強い馬を作る」事だけが目的ではない事が、このゲームの奥深さを物語っていると言えましょう。
プレイヤーは馬主となり、馬を選び馬を育て馬を走らせます。また、経営もやる事になります。目立たないながらも経営は重要な柱であり、資金が底をつくと破産、ゲームオーバーです。

馬の入手は競り・取引などででもできますが、このゲームの主要な馬の入手手段であり醍醐味であるのが、馬の配合。いろいろな牡と牝を配合させ、自分で考えて自分の望む馬を作ります。

馬の調教は、基本的には調教師がやってくれます。しかし、プレイヤーが調教の度合いを指示した方が馬の体調が安定する傾向があるようです。指示と言っても難しい事はなく、軽く・普通・強めの3つから選ぶだけです。大体「普通」にしておけば問題ありません。
馬を走らせるレースも、一応調教師が見立ててくれるのですが、これもプレイヤーが馬の情報を基に自分でローテーションを組んだ方が賢明です。このゲームのCPUは残念ながら頭が悪い。初心者ならまだしも、そこを越えれば自分でやる方がいいです。話が多少ずれますが、コーエーのゲームのコンピューターの思考というのは基本的に頭が良くないのではないでしょうか。何をしでかすか分からない危うさがあるような気がするのですが……。

そしてレースに出走。競馬場に行って最初から最後まで見る事もできますし、ゴール直前の一部だけを見る事もできますし、或いは競馬場に行かずに結果だけ知る事もできます。ですが、レース後にはコメントという形で重要な情報が得られますので、馬の極め細やかな管理にはレースを見る事がとても大事です。
馬を実際に走らせるのは騎手ですが、騎手への戦法(大逃げから追い込みまでの5つ)も指示できます。これが意外に重要で、時には能力に優先します。レース前にセーブし、ロードを繰り返し幾つかの戦法を試すと、結構勝てる事も。

馬の情報は、牧場長・調教師・騎手などから得ます。特に牧場長のコメントは、馬の方向性を決定する重要なものです。ただ残念ながら、これはある程度知識がないとどういう意味なのか分からない上、基本的に不確かなコメントです。調教師や騎手のコメントは正確ですが、デビュー後・レース後に漸く分かるので些か遅いのが難点です。彼ら彼女らのコメントを正確に把握するには、攻略本や攻略サイトを参考にするといいでしょう。

馬は引退後、配合用に回されます。一部の馬は生産に回らず、乗馬などに回される事もあります。優秀な馬程生産に期待されます。無理をして走らせた馬は競争能力が低下しますが、それは実行値が下がるのであり、配合の時参照される根本の能力値は変化しません。現実には、酷使された馬は生産に向かないという説がありますが、このゲームではそのような事はありません。

配合の際には「配合理論」というものがあり、多数あるその理論を満たせば満たす程、強い馬が産まれる傾向があります。私見ですが、この「配合」に費やす時間こそがこのゲームの醍醐味だと勝手に思っています。

あと、このゲームの馬は滅多な事では死にません。引退してしまえば、定年で去るまで寿命を全うします。病死・事故死はありません。現役の時も、予後不良を起こした時のみに馬は死亡します。この予後不良も身体の弱い馬を酷使しないとそうそう起こらないようになっています。ただ、屈腱炎や骨折などは割とあるので油断はできません。あくまで死ににくいだけです。

とまあ、こんな感じです。ポイントだけ述べたのにこの長さになってしまいました。説明を渋った理由がここにきてお分かりいただけたと思います。




 ※ 何が楽しいの? ※ 

取り敢えずは、「馬を作る楽しみ」ですよね。A(父)とB(母)を配合させてA’(仔)を作る達成感と満足感が基本と言えます。
ただ、ここに奥深さがあるのですが、A’はAやBより単純に強い馬である。とは言えないところが面白いのでしょう。
強い馬とは何か? それはただ単に「走るのが速い」だけでは充分とは言えないのです。勿論速いに越した事はないのですが、例えば、
「1600m〜2400mのレースをこなせてそこそこ速い馬」
「1200m以下のレースなら速い馬」
「3200m以上のレースなら非常に速い馬」
という3頭がいた場合、どれが「強い馬」でしょうか? こう言えば、事はそう簡単ではないとお分かりいただけるかと思います。
また、当然ですが、子供が親を越えられない、というのもよくある話です。
そもそも生物の仕組みはいい加減なもので、優秀な両親から全然ダメな子が産まれたり、平凡以下の親からとてつもない子が産まれたり、というのは人間の専売特許ではありません。馬にも当て嵌まります。
名馬と名馬を掛け合わせたら駄馬が産まれました、なんて事はありふれた話です。
では、何を目的に配合するのかと言われれば、できる限りで走る馬を作り出す、という事がそうでしょう。なんでもこなせる超人、ならぬ超馬、なんて存在は絶対にいないとは言えないものの、1億頭に1頭いるかいないか程度の存在と言えます。現実には、様々な欠点を含めて了解して、その上で適した事をさせてやりそれで才能を発揮できればそれに勝る事はないのです。
一応、このゲームにも限界というものはあります。マイラーとマイラーを掛け合わせてステイヤーが産まれた、という事はないようになっています。
ですが親から産まれる子は、親の様々な要素を継ぎ、下回り或いは越え、1つの結果を導き出すのです。
その子がレースで勝ってくれる程に走る馬だったら嬉しい、というのが『ウイニングポスト』シリーズの、いやさ競馬ゲームの喜びと言えるでしょう。
たまにとても強い子が産まれたら、データを保存してパスワードを取ったりすれば宜しい。それも正しい喜びです。

次に挙げるのは、「人の育成」です。これは私がそう感じるのですが、同調してくれる人もいないでもないと思います。
このゲームでは騎手や調教師は世代交代します。どんな優秀な人も引退します。そして新人が出てきます。
これもある種の限界なのですが、出てくる人は決まっています。A→B→C→D→A→……というサイクルができています。
しかし、一度出たAと再び出たAは、名前と成長傾向こそ同じですが殆ど別人も同然です。優秀な人も再び出てきた時にはまっさらな新人です。能力値などは総てリセットされ1からやり直しです。
それを成長させる……具体的には、騎手なら馬に乗せて勝たせる、調教師なら馬を預けて勝たせる。つまり経験を積ませるのです。
そうすることで、段々成長していき頼もしくなる者たち。技術が優れるだけでなく、例えば「ダートレースに強い」「海外遠征に強い」などは、それに優れた馬を任せないとマスターしてくれません。ここら辺もプレイヤーの腕、つまり生産技術の見せ所です。
まっさらな新人をリーディングのトップに祀る快感。私はここにも楽しみを見い出します。

あと、これは私はそれほど面白いと思っていないのですが、「イベント発生」というのもあるかと。
延々馬を作っているばかりではつまらない、という計らいなのか、様々なイベントが用意されています。生産に関わるものから人の交流に関わるもの、馬の能力暗示、ただのお遊び、などが挙げられます。
大抵のイベントは一度っきりです。何度も繰り返されても楽しみが損なわれる、というような感じなのですが、私くらいにやり込むとそのうちイベントが尽きて、延々馬を作っているばかり、になってしまいます。
ここら辺は、滅多に発生しないイベントがあるという釈明はできるのですが、言い訳っぽく聞こえます。もう少しバランスを考えてもらえると嬉しかったのですが。




 ※ 終わりに ※ 

さて、このゲームの楽しみを大体挙げてきました。初めにも述べましたが、文章のテーマ上、このゲームに対する不満点についてはあまり触れていません。
「これは自分に合いそうにないな……」と思われる方もおられると思います。
問題ありません。それが自然です。合う合わないは私にはどうしようもないし、どうかしようとも思いません。
逆に、このゲームに少しでも興味を覚えてもらえればそれ以上の幸いはありません。
そうでなくとも、少しでも参考になるだけで充分です。
それでは、最後に私の気に入っている言葉で締めたいと思います。

「あなたが好きなその街も、
 みんなが好きとは限らない。」





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